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唐牛健太郎の産まれた函館には外人墓地があるよ!
唐牛健太郎は函館市生まれました。
新左翼を象徴する共産主義者同盟が指導する60年安保全学連の伝説的な委員長でした。
波乱に満ちた短い生涯は、マスコミの話題を一身に集め、
終生尽きることはありませんでした。
同時に、自己の存在自体が生きることへの苦闘の歴史でもありました。
道立函館東高校入学。高校生時代は無口で文学好きな少年であり、苦境の中を独りで生み、育ててくれた母親思いの多感な青年でありました。
その函館には外人墓地があります。
安政元年のペリー来函に同行し亡くなった水兵を埋葬したことから始まり、
以来イギリス人、中国人、ロシア人、フランス人など、
祖国を遠く離れ来函中の海上で、
あるいは函館の地で亡くなった多くの外国人が葬られています。
故人の母国によって異なるさまざまな形の墓標が、
函館湾を見下ろしながら立っている風景は、彼らの望郷の念を表しているかのようです。
特に中国人の墓所は赤レンガ造りの堀で区切られていて、
その一角は中国様式で作られています。
外人墓地に続く魚見坂を歩くと、道と海の間に家が建っているのですが、
その古い家並みや狭い路地などの佇まいがあります。
崖をおりてゆくと海のある感じとか、
歴史的建築物というようなものはあまり無い普通の生活区域なのですが、
生活臭そのものに歴史を感じます。
墓地の向こうの海が美しいですよ。
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